ブエノスアイレスのデポト拘置所で400人が暴動。看守13人が殺された。(昭和37年12月)
昭和37年12月18日朝、アルゼンチンの首都であるブエノスアイレスのデポト拘置所で約400人が暴動を起こし、看守13人が殺された。
↑改行、句読点、括弧、文字の大きさ、色、太さは読みやすいように改変した箇所がある。漢数字を洋数字に改変した箇所がある。その他は、原記事通りに入力した。
イメージしやすいように、現代のブエノスアイレスのあたりの地図を載せた。
北海道新聞 昭和37年(1962年)12月19日 水曜日 2版 7面
看守13人殺される
ブエノスアイレス 拘置所で400人が暴動
【ブエノスアイレス18日AP=共同】 ブエノスアイレス北西部にあるデポト拘置所で18日朝、未決拘置中の2100人のうち約400人が暴動を起こし、看守13人が殺された。
当局者が明らかにしたところによると、最初車に乗った5人組が拘置所の門に乗りつけ、看守室に火炎びんを投げ込んだ。
暴動未決囚は第三、第四庁舎内にバリケードを作ってたてこもり、大量の武器を所持し、事件発生5時間後も教悔師や約30人の看守たちを人質にしている。
未決囚側の死者数などは判明していないが、数人が撃たれたとみられる。
未決囚側の要求で刑事担当判事が解決のため話し合ったが、未決囚たちは最後まで抵抗するといっており、鎮圧のため派遣された警官との間に撃ち合いが深夜まで続いた。
↑改行、句読点、括弧、文字の大きさ、色、太さは読みやすいように改変した箇所がある。漢数字を洋数字に改変した箇所がある。その他は、原記事通りに入力した。
イメージしやすいように、現代のブエノスアイレスのあたりの地図を載せた。
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